「え~っと1025…1025…」
桜子は今、合格発表が行われている私立城南学園高等学校に来ている。
校門に張り出された合格者の看板を見ながら、自分の番号を探している。
その時視線を感じた。
視線の方を振り向くと、一人の女子が桜子を見ていた。
少し気になったが、続けて自分の番号を探す。
そして合格者の中に自分の名前を見つけてガッツポーズを静かに決める。
「あなたも受かったの?」
「キャッ!」と言って後ずさると、さっき自分を見ていた女子が横に並んでじーっと自分を見
ている。
「びっくりした~。脅かさないでよ。」そう桜子が言うと、
「あなた、オタクでしょう?」とずかずかと聞いてくる。
「えっ?なんで…わかっ…じゃなくて、ちょっと不躾に失礼じゃないの?」と答えると、
プップップッと笑って、「だってあなた受験の時…」と言ってまたプップップッと笑っている。
「あ~あなた、あれ、見てたの!」と桜子が真っ赤になって捲し立てている。
「あなたも受かったみたいね。私は月野奈々。よろしく。」そう言って手を差し伸べる。
その手をチラッと見て桜子は、
「ね、あなた、異世界って信じる?」といきなり聞いている。
月野奈々は差し出した手を収めて、
「異世界? ファンタジーなんかの?」と聞き返した。
「そうそう、その異世界。」
「そうねえ、もしあるんだったら行ってみたいわね~」と奈々。
桜子の顔がぱあ~っと晴れて、
「ねえあなた、この後時間ある?ちょっとどこかでお茶していきましょうよ!」と聞く。
「ちょっと待って、私まだ、あなたの名前も知らないんですけど?」
「あ、そうだったわね、私は桜子。大木桜子よ。」といって右手を差し出す。
「あなた、本当ずうずうしいわね。空気読めないって言われない?」そう言いながら奈々が手
を差し出し、握手を交わす。
「あ~確かに私って脈絡無いって言われるわね。ま、国語苦手だし。」と桜子は訳の分からな
いことを言っている。
「ま、良いわよ。あなたとはいいお友達になれそう。行きたいカフェとかあるの?」そう奈々
が尋ねると、
「最近目を付けたカフェがあるのよ! その名も、ファンタジーカフェ!」と目をキラキラと
させて桜子が答える。
「なに?そのファンタジーカフェって。胡散臭いわね。」
「内装がね、ファンタジーなの!ま、行けば分からるから、行こうよ。」そう言って奈々の手
を引いてバスストップまでやって来た。
「このカフェ、ちょっと隠れ家的な所にあって、分かりにくいんだけど、私その辺良くいくか
ら案内してあげる。学校からもバスで10分程と近いのよ。」と説明していると、バスがやって
来た。
二人でバスに乗り、待つ事10分。2つ目のバスストップで降りて、裏道の方へ歩いて行く。
「あなた、良くこんな所見つけたわね。」と奈々が感心している。
「そうね、あまり中学生は来ないかもね。でも、割りと高校生や大学生は居るんだよ。」そう
言って、
「あ、ちょっと待ってて、ここにちょっと寄りたいから。」と言って立ち止まったのは古本屋。
「おじさ~ん、こんにちわ!」
「お~さーちゃん、今日は合格発表だったんだろ?どうだったかい?」と、古本屋のおじさん
とは顔なじみの様だった。
「もちろん合格よ!ねえ、何か新しい本、入ってる?」と聞く桜子に、
「さーちゃんの探してる本はまだ無いけど、加乃さんの探していた本は、入ってるよ。」
「じゃあ、私もらってくね。お幾らですか?」
「2冊で税込み5800円です。毎度ありがとう。」
1万円を払い4200円のお釣りをもらって、「じゃ、おじさん、また立ち寄るわね。ありがとう
!」そう言って古本屋を後にした。
「桜子ってこの辺り良く来るの?」と奈々が聞いた。
「うん、おばあちゃんがあの古本屋のおじさんの馴染みでね、結構伝手があるらしくって、古
い本とか、廃盤になった本とか、珍しい本とか、色々と見つけてきてくれるの。」
「へ~桜子はどんな本探してるの?」
「魔法書!」
「えっ?」と奈々が聞き返す。
「ま ほ う 書!それも、実際に魔女と呼ばれた人たちによって、古代ヨーロッパで使われ
ていたっていう代物!」
「え~そんなの実際に有るの?」と奈々が疑わし気に尋ねる。
「うん、あのおじさん、結構物知りでね、以前見たことがあるって言うから探してもらってる
の。」と何食わぬ顔で桜子が答える。
「見つかったらすごいね。でも、もし見つかったら私にも見せてよ!」そう奈々が言うと、
「もちろん!」と元気よく返事をして、
「あっ、あった! ここ、ここ」と言って桜子が何の変哲もない壁の前で立ち止まった。
「ここ? 何も無いんですけど…」そう奈々が周りを見回しながら言うと、
「ちょっと待ってて」と言って桜子が壁に手をかざして何かを探している。
そして一部分を指でなぞって場所を確定すると、そのスポットを押した。
すると、間の前の壁が開き、中からエルフの格好をしたウエイトレスが出迎えてくれた。
「ほら、奈々!ボーっと立ってないで中に行くわよ。」と桜子が呼んでいる。
「ちょっと!これってどういう仕掛けになってるの?」と奈々が今だにドアの所に立っている。
「説明は後々、ほら進まないとウエイトレスの人も困ってるよ。」そう言って奈々の手を引い
て進んでいく。
壁をすり抜けると、壁の反対側はまるで別世界に来たような景色が広がっていた。
桜子がウエイトレスに、「魔法の館にお願いします。」と言うと、「かしこまりました。」と、
一つの建物の前まで連れて行ってくれた。
そこでウエイトレスがドアのノッカーを叩くと、中から今度はローブを着た、ゲームの中から
出てきたようなウエイターが引き継ぎ、桜子たちをテーブルまで案内した。
「魔法館へようこそ。こちらがメニューになります。お決まりになりましたら、こちらのベル
を鳴らして及び下さい。」と言い、魔法使いはカウンターの所へ戻って行った。
「ちょっと、ちょっと、ちょっと桜子、ここ一体、どうなってるの?」と奈々は訝し気に周り
を見回している。
「なんか、お金持ちが道楽で始めたカフェって言ってたよ。その人、ゲーマーなんだって。い
や?プログラマーって言ってたっけ?」と桜子が説明する。
「それにしてもここって凄いわね~、もうあの壁からびっくりよ。」と奈々が今だにキョロキョ
ロとしている。
「あの壁は云わば、門とフェンスね。で、グルーっとこのファンタジー村を囲ってるの。外か
ら見えないようにして、別世界を気取ってるみたいよ。ここではエルフの森、妖精の森、ホビッ
トの洞穴、騎士の城、魔法の館、そして魔王の城と6つに分かれていて、私たちが居るのが、
魔法の館。それぞれにエルフ、妖精、ホビット、騎士、魔法使い、魔王のコスプレをした人
達がウエイターやウエイトレスとして働いてるわね。それぞれの場所は、この魔法館で分かる
ように、映画やゲームで見るような場所そのもの。」
「あなた、どうやってここ見つけたの?」と不思議そうに尋ねる奈々に、
「あ~異世界ワールドの雑誌に載ってたのよ。」と割と普通の答えだった。
「はい、これメニュー。」そう言ってメニューを渡すと、
「食べ物は至って普通ぽいけど、このメニューって凝ってるわね~。」と奈々。
メニューは文字も、絵も、全て手書きで、使ってある紙もどういう風に加工したのか、雰囲気
が出ていた。
二人はそれぞれドリンクとケーキを頼んだ。
「ね、ね、それで奈々ってさ、異世界に行ってみたい人?」と早速桜子が質問する。
「そう言うあなたは?」と奈々が聞き返す。
「私は異世界があるって信じてるからね~。」
「何を根拠に?」と奈々が聞く。
「根拠なんて無いけど、なんか感じるのよね、異世界の存在を!だから、魔法書を探してるの。
もしかしたら、異世界に行く扉を開く魔法があるかもじゃない?」
「あ~、だから魔法書を探してたんだね。」
「もうずっと探してるけど、今だ見つからないんだよね~。」
「いや~、それ、無理でしょ? 私、異世界には行ってみたいと思うけど、実際にはあるって
思ってないし。ただ、あれば行ってみたいなってな感じだけで…でもそうね、もしあったら異
世界で冒険してみたいわね。」
「私はね、異世界に行って、魔法使いになりたい。」
「えー!何故魔法使い? お姫様とかではなくて?」
「ほら、お姫様だと、お決まりじゃない? 私魔法使いとして王子様を助けて恋に落ちたいの
!これ絶対!」
「いや、桜子、その夢、諦めた方が良いよ。あんた、一生彼氏出来なくなるよ!」
「ま、今はまだ15歳だから彼氏はいいの。まず、異世界の扉探しに私の全身全霊を掛けるわ。」
そこに、「お待たせ致しました。」とドリンクとケーキが運ばれてきた。
「うわ~、このドリンクキラキラと奇麗ね~ なんか幻想的?」と奈々が感動している。
「ね、ところでさ、なんで私がオタクってわかったの?」と桜子が尋ねると、
「だって私もオタクだも~ん。RPGゲーム大好き。ドラクエの大ファン。」と言ってピースし
て見せた。